標高4343m、Mt. Evens にて。
山ヤギの親子と私たち。


ちゃちゃはこうして私たちと同じ空気、景色をみながらいったい何を思っていたのでしょう。私たちと同じ幸せを感じてくれていたのでしょうか。。。私にとって、親友であり、恋人であり、家族であったちゃちゃ。
この世のものはなにひとつ永遠ではない。すべて、はかない命ー。
嗚咽が込み上げてきた。これまで自分は何ももたず、身軽な人間だと思っていた。けれどもそのみすぼらしい壷は私の財産だった。その壷は私の欲望の対象と成ることで
私を支配していた。割れた瞬間にもまだ私を支配していた。とゆうのも、壷にすっかり心を奪われてしまっていたからだ。壷は私のものだったが、それ以上に私は壷に支配されていたのだ。その壷が割れた今どうしたものか。
私は壷をひとまたぎにした。
そう、ちゃちゃは私にとってこの壷と同じ。
虚像の裏側には、何もない空間が広がっています。奥の奥にあるもの、舞台裏の果てしない暗闇に気づいたなら。。。すべてが幻にすぎないとわかれば、なにも重要ではなくなります。無。。。。
「自我を封じなくてはならない。己を捨てることは大いなる結果をもたらす」
上記の文全てチベット聖者の教えより。
ちゃちゃを亡くした頃、私は自我の固まりでした。
空に発し、空に帰す。常にこうありたいものです。